声帯は弦の振動ではない

声のピッチは、声帯の開閉によって作り出された周波数によって決まるわけだが、

その開閉を生み出しているのは、ベルヌーイ力と呼ばれる息のスピードである。

息の量とスピード(声門体積速度)と、声帯の厚さ(単位あたりの重さ)がそこに関係している。

よく、声帯をギターの弦のように喩えて説明されることがある。

たとえば、弦が短くなればピッチは高くなり、弦の張りが緩めばピッチは下がるという説明だ。

今までは、そこには何の疑問も持たずにそう信じていたが、

よく考えてみると、それは弦の固有振動数による自由振動の問題であり、

声帯の振動はそうではないと言うことが分かる。

声帯は、自由振動ではなく強制振動である。

ベルヌーイ力と呼ばれる息のスピードによって、強制的に振動させられている。

簡単に言えば、風にはためく旗と同じである。

 

声帯が伸ばされると、声帯を薄く軽く使うことでき、声帯の開閉速度は上がる。

重いビロードの旗は、低い音ではためき、薄い布地の旗は高い音ではためくだろう。

他にも、声帯の隙間の距離が重要になってくる。

声門が狭ければ、息の体積速度は上がる。

息の速度が上がれば、重い旗でも速くなびかせることができる。

しかし、声帯を近づけ過ぎると、それをこじ開ける息の圧力が弱ければ、いつかは閉じたまま声が止まってしまう。

 

もし、声帯は弦ではなく旗のバタつくイメージだと考えることで、

息のスピードの大切さが、より実感できるのではないか。

そして、その息が一定となるように、常に調整して流し続けることの重要性も分かるだろう。

腹圧は、音の高さに比例する。

声帯を伸ばせば、声帯の振動面は広がる。つまり音量が増える。

声帯を部分的に短く使うと、息漏れが起きて息のスピードをさらに加速させることができる。

 

高音を出すには、

・声帯を薄くして軽くすること。

・息のスピードを上げること。

・声門間を狭めること。

 

最高音が出ないのは、

・声門間を狭め過ぎて閉じてしまうこと。

・それを押し開く、息の量が足りないこと。

・そして息のスピードが落ちてしまうこと。

 

しかし、スンドベリは声帯の張力が音の高さを決めると考えている。

息の量(声門下圧)は、音量に影響を与えると書いている。

声帯の張力が上がれば、結果的に単位面積当たりの重量も軽くなるので、

どちらが正しいとは決定しづらい。

 

ただ、こんな例もある。

オペラの最後で、テノールが高音でクレッシェンドしていくシーンだ。

クレッシェンドには、大量の息が必要になる。

すると、原理的にはピッチも上がってしまうことになる。

ピッチを保つには、クレッシェンドした分、声帯を緩めてピッチを下げなければいけない。

そういう制御がされているという可能性の一例として、

最高音を出した後の、次の音が難しいと書かれたものを読んだことがある。

たとえば、「誰も寝てはならぬ」の最後は、

ビンチェー!で「シ」を出してから、

ロー!で「ラ」に下がるのだが、なぜか「シ」よりもこの「ラ」の音の方がきつい。

これは私の推測だが、「シ」でクレッシェンドしたことにより、

ピッチの修正が起きたため、次の「ラ」の音の音調感覚に影響を与えてしまったのではないかということである。