肺は共鳴?反共鳴?
”喉頭音源を完全に独立な系とみなしてきた。だが、これは完全に正しいというわけではない。”
こう書いているのは、バイブル的存在である、スンドベリの「歌声の科学」。
”調音パラメータの変化は、声道の形状すなわちフォルマント周波数にだけ影響すると考えられているが、
時として、音源にも同様の影響を及ぼす。歌手はしばしば、発声の連続性を保つことの困難さを経験する”
こうなってくると、本当にややこしい話になってくる。
”声道だけが発声に影響を及ぼすのではない。声門下での気管の共鳴現象も、また同様の効果をもたらす”
共鳴の原理を調べてる間、実はこの問題が気になっていた。
それは、肺による共鳴は無いのか?ということである。
空のボトルに唇を当てて息をぶつけると、ボーッという音がする。
これも立派な共鳴現象の一つである。
肺という広い空間の上に、気管支というネックがありその上端で声帯が振動していることを考えると、
肺が共鳴しないはずがない。
スンドベリは、成人の場合600Hzの共鳴が声門下で起きていると書いている。
そして、声区の喚声点がその半分である300Hzにあるということにも、それとの関連があるのではと推測している。
そこでスンドベリは、発声中に横隔膜の引き下げを行っている歌手と行っていない歌手との比較実験を行った。
結果、
”発声中に横隔膜を収縮させた場合には、閉鎖期がより長くなり、調音がより安定する傾向が見られた”
閉鎖期が長いと音量は増える。
人間の声は、声帯を中心としてその上では声道が、
その下では肺が共鳴現象を起こしているというモデルを描くことができそうだ。
「二つの音響菅が並列共鳴」と考えたいところだが、
先ほどのボトルの共鳴は、ある種の消音器でもある。
それが、ヘルムホルツ共鳴器という消音原理である。
閉じた空洞の容積と、首の長さで音はその内部で共鳴し、
その振動が外部に伝えられなければ結果的に消音器となる。
有孔ボードもこの原理で吸音効果を得ている。
もうひとつ、消音器と言えばアンチフォルマント。
例えば鼻腔はアンチフォルマントとして働くと言う。
鼻音は、音量が低下する。
軟口蓋が下がると鼻腔への入口が開き、柔らかい鼻腔の中で音は吸音される。
また、音響菅は分岐することでアンチフォルマントを形成する。
どうやら、共鳴と反共鳴がそれぞれ別に起きていると考えた方が良さそうだ。
音声スペクトラムで山と谷ができるのは、フォルマントとアンチフォルマントが別々に働いているのだろう。
それらは、一見、難しいことのように見える。
しかし、こんな複雑で難しいことをまともにやることは不可能なはずだ。
少なくとも意識レベルでは。
でも、無意識ではできる。
考えようによっては、それは簡単なことだとも言える。
「簡単」とは、誰もができるという意味。
無意識でやっていることならば、誰もができるはずだ。
無意識に程度の差は無いからだ。
自転車に乗るのも同じ。
教わり方の違いに差はあれど、結局、誰もが乗れるようになるし、
誰もが同じレベルで乗りこなすことができる。
もし、それを妨げるものがあるとしたら、最初の恐怖心とチャレンジ精神の有無であろう。