脳を書き換える練習

 私たちは発声筋群を自由に操ることはできない。

自由に操ることができるのは、目に見える身体の表面の筋肉群だけだろう。

内臓やインナーマッスルは、直接動かすことはできない。

しかし、間接的になら動かす方法がある。

例えば、声帯を閉じろと言われても誰も閉じることはできないが、

声を出せと言われれば、誰でも声帯を閉じることが可能である。

発声指導というものは、このような間接的な指導でしかあり得ない。

そのことを習う側がよく理解しておくことが大事だろう。

スポーツのような型を習うものではないということを、

理解しておくことが大事だろう。

 

 たとえば、ファルセットが発声練習に効果的であることは誰もが知っている。

しかし、いくら素人がファルセットを練習しても、

ただファルセットが上手くなるだけで、発声が上手くなることには繋がらない。

そこを繋げることが今回の目的。

それを妨げているのが、ファルセットに対する間違った考え方。

それを持ち続けている以上上手くはならない。

それを変えない限り、ファルセットの練習は効果を持たない。

発声練習とは脳の書き換えることだと思う。

声の出し方についての再インストール。

 

 まず、普通に音程を上げながら声を出してみる。

ある程度の高さにくると、声が詰まって声が上がらなくなってしまうだろう。

そこで裏声でもいいと言われれば、もう少し高い声が出るようになる。

これが、私たちの持っているファルセットの概念だと思う。

これだけでは上手くならない。

このファルセットの特性を、

感覚と想像力を持って正しく捉えなければいけない。

それが分かるまで、ファルセットを出してみる。

いろんなやり方で出してみる。

すると解ってくることがある。

それが再インストール作業。

 

ファルセットの声は、地声よりも身体の後ろから真上にかけて鳴っているように聴こえる。

ファルセットの声は、息が漏れるように大量に流れ出ているように感じる。

そのせいか、声は地声よりも抜けたような弱々しさを感じる。

よく指導者から、声を後ろに回してとか、息を流してとか言われるのは、

このことであったかと繋がってくる。

先に書いた間接的な指導でしかないと言うのは、

声を後ろに回せと言われてもそうすることはできないが、

ファルセットを出すことで後ろに回すことができるということになる。

「ファルセット=声が後ろを回る、息が流れる」というように繋げることが大事であり、

それが再インストールになる。

 

また、ファルセットの時は、顔や唇や身体に力が入っていない。

地声と違って、身体に力を入れなくてもファルセットなら出ると信じているからだ。

実際に身体の表面の筋肉には力が入っていないが、

大量を息を流す必要があるインナーマッスルはしっかり働いているのだろう。

そうでなければ、高い音は出ないからだ。

脱力していても声は出るというのがファルセットなら、

声の変換効率のいい地声なら、もっと脱力してもいいはずだ。

その脱力した状態で声を大きくしてみる。

何度か繰り返せば、そのコツが分かるようになる。

それがインナーマッスルが働いている時だろう。

そうやって、発声指導で学んだポイントを自分の身体に置き換えて確認していくこと。

それが、正しい発声練習だと思う。

そうすれば、先生に言われていたことが、ことごとく繋がってくることが解る。

最終的にはそれが、一つのいい声としてまとまるのが理想だろう。