頭部伝達関数

声は流体ではないが、流体のように感じたいという人間の文化があるのだと思う。

声を流体のように聴かせることが、発声法の目指すところなのかもしれない。

流体のようなとは、「立体的な音+時間軸」が感じられる発声だと考えてみる。

立体的な音とは、サラウンド効果ではないだろうか。

音が前後左右上下から聞こえてくるような感覚。

 

人間の耳は、左右の耳でほんの僅かに異なる音の時間差や、大きさの違い、周波数特性などの情報を元にして、

音源の立体的な位置を把握することができる。

バーチャルサラウンドでは、二つのフロントスピーカや、ヘッドホンだけで、

それを実現させている。

 

発声練習では、声が後ろから聞こえてくるようにとか、

上から聞こえてくるようにと指導されることも多いだろう。

声が正面だけでなく、声が後ろからも上からも聴こえてきたとしたら、

それは立体感のある声だと言えるだろう。

 

ならば、人間は、前から聞こえてくる音と、

後ろから聞こえてくる音を、いったいどのようにして聴き分けているのだろうか。

調べてみると、バーチャルサラウンドの3つの条件とは、

両耳間における、「音量差」、「時間差」、「周波数特性の違い」と書かれている。

左右方向の聴き分けの仕組みは、簡単に理解できるだろう。

問題は、上下や前後方向の音源位置を、どのように聴き分けるのかということ。

これは、頭部伝達関数HRTF)というものが関係しているらしい。

人間は、耳や頭、肩の形状によって起きる音の反射の違いによって、

前から来る音と、後ろから来る音の違いを把握しているのだと言う。

その周波数特性を模擬することで、前から鳴るスピーカでも、

後ろから聴こえてくるようにすることができる。

 

前後・上下方向の音源の特定に関しては、4kHz以上の周波数領域が重要になってくるらしい。

その音域で見られる2箇所の音の減衰(谷)部分の存在が、位置を特定しているという。

以前、歌声フォルマントと呼ばれる2.5kHz3.5kHz倍音の重要性について書いたことがあるが、

4kHz以上の倍音がしっかり出ていることが、

上から・後ろから響くような声と関係あるのではないかと想像してしまう。

つまり、優れた歌手は、頭部伝達関数を模擬した周波数特性を倍音によって作り出し、

バーチャルサラウンドを実現しているのではないだろうか。