基本周波数の役割

スペクトルグラフは、発声においてとても参考になるものだが、

わたしたちの聴いている音と完全に一致しているわけではない。

P.ラディフォギッドは、人の聴覚についてこう述べている。

 

”反復波形を有する複合音の高さの知覚は、最大振幅をもつ成分の周波数ではなく、

その複合波の反復の頻度、すなわち基本周波数に依存する”

”第2、第3倍音がともに基本周波数のそれよりも大きい振幅をもつという事実は、

その音の知覚される音の高さに関する限り、全く問題にならない”

 

これはとても面白いことである。

わたしたちの声は、反復波形である。

ある種のギザギザな形をしたパターン波形は、声帯の閉鎖と開放に伴って連続的に繰り返される反復波形である。

その反復の頻度が、最低周波数であり基本周波数と呼ばれる。

わたしたちは、この基本周波数から音程を読み取っている。

そしてパターンの中に存在するギザギザは、音程からは全く無視され、

その音色、つまり母音や子音の読み取りに使われていることになる。

 

もっと興味深い読み方をすれば、複合波の場合、基本周波数なる波形は存在していないかもしれない。

あるパターン波形の点滅が、基本周波数のようなものを作り出していることになる。

ならば基本周波数150Hzの成分を取り出したとしても、その振幅はゼロであることになる。

150Hzでの打撃音のようなものから人は音程を判断し、

その音量も、150Hzとは関係の無い周波数から受け取っているのだろう。

歌手フォルマントと呼ばれる3000Hz近辺が、その声量に有効であるのはその証拠かもしれない。

 

たとえば、A3のラの音は440Hzであり、1オクターブ下のラは220Hzである。

それでも、フォルマントのピーク周波数は一定であるという。

逆に言えば、それが一定になるように、気道が音響フィルターを調整していると言える。

基本周波数を生み出す声帯と、フォルマントを形成する気道は、全く別の系である。