メッセージ

 「メッセージ」というSF映画がある。

原作は、「あなたの人生の物語」というSF短編小説である。

宇宙から訪れたエイリアンと、言語学者の女性のファーストコンタクトを描いたものだ。

この作品がよくあるSF映画と異うのは、

エイリアンの目的が侵略でも、友好でもないこと。

その目的が、何だかさっぱり分からないことにある。

主人公の女性は、その言語的知識を使ってエイリアンの言語を理解しようとするのだが、

エイリアンと人間では、言語の発声方法も違えば、その文法も、概念からして全てが違っている。

どうやらエイリアンの世界では、過去と現実と未来というような、

逐次的な時間の流れは存在していない。

それは、我々が考えるような、原因があって結果が生じるというような因果律の世界ではなく、

エイリアンには、現在も過去も未来が、全て同時に見えているというのである。

そして、彼らの言語構造自体がそうなっており、

そこから生まれる行動も、目的を持つというところがない。

言語学者は、彼らが地球に来た目的を探ろうとするのだが、

彼らはそれには協力的ではあっても、目的自体が存在しないのだから、

なかなか得ようとするものを得ることができない。

エイリアンが当然のように知っていることを、何も知らない人間たちが、

それを知りたいと願うのだからそこに矛盾が生じる。

エイリアンが教えてくれることは、我々が知っていることしかない。

 

 声楽の指導者と、声楽を学ぶ者の間にも、この映画のようなすれ違いが生じていると思う。

まず、使われている単語の意味が違う。

正確には、それを表すための単語が無いというべきであろうか。

喉の中の空間というものは、目で見ることはできず、感覚としても認知することは難しい。

だから、お互いの言葉に共通の認識が持てない。

指導者は、喉の中の感覚を認識している人であり、学習者はそれが認識できていない人であるとすれば、

それを言語で伝えることはできない。

 

 主人公である言語学者の女性は、エイリアンの言語を習得するうちに、

エイリアンと同じような能力を身につけていく。

そして、とうとう自分の未来を見てしまう。

自分は子を産み、そしてその子どもの不幸な運命をも知ってしまう。

その未来は回避すべきなのか、それとも受け入れるべきなのか。

彼女は、選択肢は無いということを知る。

それは、「選択肢は無い」という考え方を選ぶのであり、

「選択肢は無い」という生き方を選ぶのである。