後ろを回すという意味

「声を後ろに回す」という言葉がある。

発声レッスンの中でも、これはおそらくF難度級の技だと思っている人が多いのではないか。

ただ後ろを回せと言われても、何をどうすればそうなるのか誰も分からない。

そのヒントになるのが、「あくびのように」である。

たしかに、少し声が後ろを回った気になる。

しかし、ここからが問題だ。

「あくびをすると、喉の奥、後ろ側が開くので、そこに息が通ります」

と言う説明がある。

一見それは、納得のいく説明のように聞こえるが、

実はこれが間違った方向に向く場合もある。

歌っている最中に、まさかあくびをすることはない。

だからその感覚を真似て、首の後ろ側や、喉の奥にぐっと力を入れてみる。

仮想あくびをするわけだ。

しかし、これはただ無駄に喉や首に力を入れているだけになってしまい、何の効果もない。

なぜなら、あくびをすることは空間を広げることだとイメージするだけで、

それによって得られる声の変化というものに、あまり意識が向いていないからだ。

 

先生が、舞台上で「後ろを回した声」の見本をみせてくれた。

声が身体の後ろから響いているのが、一目瞭然で伝わってくる。

まるで、背中に反響板を背負っているかの如くである。

あまりにも、その声の違いに驚いた。

 

以前このブログで、音は流れるのではなく、放射されのが正しいということを書いた。

音は、流体ではなく、波であるから空気の移動はない。

ならば、背中から声が回るということにはならない。

では、なぜ声が後ろから聞こえてくるのだろう?

その答えを、「低音は、どこから発せらているのか分からない」と考えてみる。

 

「後ろを回せ」とは、低音の響きを増やせということではないだろうか。

それは基音と倍音の比率が、美しくないということだ。

具体的に言えば、「喉頭を下げろ」、「唇を前に伸ばせ」という指示であり、

それによって声道は長くなり、同じ音程でも深い音色に変化する。

倍音に比べて、低い基音の音量が増えると、声の発生源が特定しにくくなる。

ステレオスピーカーで、サブウーハーの位置がどこにあろうと、

ちゃんとセンターから聞こえてくるようなものである。

 

つまり、声が後ろから聞こえてくるのは錯覚で、

深い響きはどこから聞こえてくるのか認識しづらいというのが答えではないか。

その時、「これは後ろから聞こえている」と思えば、

そのように聴こえるということだと思う。